2023年5月27日の夜、私はオンラインコミュニティのチャットで冷や汗をかいていた。
「中国に行くんですね、すごい。ビザ取るのって大変じゃないですか?」
……え?
何回も中国に行っているので「観光ビザが必要になった」というニュースを見ていても完全にスルーしていた。人間、自分に都合悪い情報スルーしがち。出発は6月2日。あと5日。
翌28日にオンラインで申請予約、29日にビザセンターへ(勤務先から近かったので半休で済んだのが唯一の救い)、受け取りが6月1日。全部自分でやった。間に合った。ギリギリで。
出発当日、アラームが鳴らなかった
出発前夜、私はシャッター音を消すアプリをスマホに入れた。旅先でカメラを出しても不審がられないように、という配慮だ。ブログに写真を載せようと張り切っていた。
翌朝、目覚めたのはドライバーさんの猛烈なノックの音だった。
シャッター音を消すアプリを入れると、アラームも鳴らなくなるということを、その時初めて知った。
急いで荷物をまとめ、咸陽空港で敦煌3日分だけのバッグに詰め替えてスーツケースを預け、なんとか06:10のフライトに乗り込んだ。長安航空で2時間半、08:35に敦煌空港着。
バスの中で出会った天使
敦煌市内へ向かうバスに乗り込むと、隣に若い女性が座った。上海の大学に通っているけれど、敦煌が地元なので休暇で帰省しているところ、と教えてくれた。私が一人で日本から来て中国語もできないと話すと、「勇気がありますね」と呆れとも感心ともとれる顔をした。
バスの支払いでWeChat Payしか使えないことが判明し(私はAlipayしか使えなかった)、困っていると彼女が現金で払えるよう交渉してくれた。バスを降りた直後、彼女は近くにいたタクシードライバーに声をかけ、あっという間に私専属の現地ドライバーが決まった。
ドライバーさんは私とそう変わらない年齢の女性で、英語は全くわからない。でも翻訳アプリを駆使して、終始気遣ってくれた。この日から3日間、彼女なしではこの旅は成立しなかったと思う。
まず向かったのは莫高窟のチケット売り場。中国の電話番号と銀行口座がないと公式サイトでは買えない莫高窟のチケットは、ホテルで手配してもらうつもりだったのだが、チェックインしたホテルに「出来ると言ったのに無理」と悪びれもなく断られていた。ドライバーさんに連れて行ってもらい、翌日朝一番のチケットをなんとか確保。ひとまずホテルへ。
鳴沙山で杏ソフトクリームを食べる
するとその夜、大学生の女の子が「日本語を勉強している友達が遊びに来ているから一緒に莫高窟に行かない?」とWeChat経由で連絡をくれた。もう翌朝のチケットを持っていると話すと、変更できないか問い合わせてくれたが、結局難しいということで、夕方に鳴沙山で落ち合うことに。
私は先に路線バスで鳴沙山へ。モロッコやエジプトでラクダには乗ったことがあるので今回はパスして、ひとり気ままに砂丘を歩いた。普段ならあんまり食べないような杏味のソフトクリームを買った。


莫高窟——日本語ガイドとの偶然
翌朝8時、ドライバーさんに迎えてもらっていざ莫高窟へ。最初はデジタルセンターで高精細映像と解説を見てから見学エリアへ移動する、という流れだ。日本語のオーディオガイドはバッテリーがほぼ残っていないものを渡されたが、なんとか保った。
コロナ前は日本語ガイドツアーがあったが今はない、ということで英語ツアーに参加するつもりでいたら、たまたま上海に勤務されている日本人グループの方々に声をかけていただき、日本語で案内してもらえることに。各窟の時代ごとの様式の違い、壁画に込められた意味を歴史とともに教えてもらい、お昼過ぎまでじっくり見学した。

敦煌満喫——ヤルダンと夜市
午後にドライバーさんと合流し、後はほぼお任せで観光した。
敦煌の夜市は賑やかで楽しい。
コロナ禍で3年くらいは在中の日本人くらいしか来れなかったせいか、日本から来た観光客だっていうと屋台の人が歓迎してくれて肉の串をおまけでくれたりした。

最終日——敦煌近郊/榆林窟・大地の子から西安へ
最終日も朝からドライバーさんと出発。榆林窟(ゆりんくつ)は莫高窟より知名度は低いが壁画の保存状態が良く、観光客も少なくて静かに見学できた。莫高窟もそうだったが各窟ごとにQRが設置されていて説明が見れる。ただ、後で見ようと思って保存しても見ないものですね。
3日間お世話になったお礼を伝え、一緒に食堂でお昼を食べてからお別れ。21:25の便で西安へ。深夜に到着してから、ホテル近くで羊串を何本か食べ、コンビニで買った激辛カップ麺「辣味十足」を部屋でひとり食べた。
本格的な聖地巡礼はまだ始まってもいない序盤で、すでになかなかの手応えだった。

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